十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる

「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」

こちらの和讃(うた)は親鸞聖人様が作られたものであります。

内容としましては、あらゆる世界の人々を救いまもるから阿弥陀と名前がつかれたのです。

微塵といわれるのですから極微細な世界のものまでも阿弥陀様は見捨てず救うのであります。阿弥陀という名には量ることのできない無限の光と命という意味が込められています。だから阿弥陀様の光はどの時代に生きている人もどこにいようとも届かないところはないのです。

人間の世界では同じ人間同士が人間の価値をつけて優劣をつけてきました、その身勝手な価値判断の上に命の重さをはかられてしまうということがあります。
そのことが顕著にあらわれるのが戦争という場面かもしれません。

今ロシアによるウクライナ侵攻が行われていますが最前線で戦わなければならないロシア兵の中にも、なぜここにいるのかだまされて連れてこられた兵士もたくさんいます。

しかし戦う意思のないまま壊したくもないものを壊し殺したくない人をころさなければならなく、またその挙句何も理解できないままみずからも命を失ってしまわねばならないのです。殺しあなくていいもの同士が殺し合いいがみ合わなくていいものが憎みあわねばならない。

一人の身勝手すぎる独裁者のために多くの人間の涙と血が地上に流れるそれだけではなく多くの怒りと恨みがこの地にしみいっている。

しかしこの眼に見えない大きなカルマは必ずや跳ね返るものだ信じています。また残虐非道な侵略のために犠牲になっていい命など一つもないのです。

阿弥陀様は誰一人見捨てることはないのです。それはたとえ仏を知らない世界に住んでいる人にもまた仏様から背を向けてしまっている人にもまたどんな時代にどんなとこで生きていても仏様の光はとどけられているのです。

軽んじられてもいい命や見捨てられてもいい命などあるわけがないのです。

この戦争のために多くの犠牲が出ることは許されがたいことであります。

どうかどうか一日もはやくこの極悪非道な侵略戦争が停戦致しますように、心から願うばかりであります。

願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国

「世の中安穏なれ 仏法ひろまれ」

合掌

善念 – Zennen

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