仏教では 身と口と意で色々な善い事
悪い事を 成すので
この三つを三業というのです。
最近、人間を観察していて感じた事がありました。
よく 未来の夢を語る人がいます。
これは 心〔意〕が何かを感受して影響されて
想いを働かせて こうしたい、ああしたいと
口で語るという業をつむのです。
ただこの語るところで、満足してしまい
身の行いに至らない事があります。
ここで人間は心と身の矛盾がおこるわけです
矛盾が続くと心身のバランスを崩してしまいます
不調和な業を積んでしまうため
それに見合う 結果を引き寄せてしまいます。
言葉にすることもカルマ〔業〕が働くのだから
気をつけていないと知らず知らずに、
いろんなもの引き寄せてしまうのですね
また最近知り合いを見て感じたのは
心と口で、世の中を良くしたい、変えたいと
素晴らしい考えを並べて熱く語ってくれた方々がいました。
またそのような仲間が集まって勉強会があり、
このように良くしたいと語り合う場所がありますが、
だいだい世間の悪を挙げ連ねていくたびに
自分は善側に立っているという勘違いをしてしまっている。
その人たちの行動をみてて感じたのが
熱く語りながら、タバコを吸っていたり
酒を浴びるように呑みながら、
営業時間を無視して周りに迷惑をかけていたりで
偽善の虜になり、
身でやっている事と口と意がバラバラになってしまい。
これではまた、悪に引っ張られていき。
いつまでも悪い輪廻〔習慣〕から
脱することができなくなります
また 身 口 意と言われているように、
この順番は、業の影響力であり結果を出すための
働きの順番ではないかと思います。
やはり 身体で行動するのが何より
一番なのではないかと思います。
あーでもないこーでもないというより
小さな事でもいいから身を正す事をしていくと
それがそのまま結果を招いていく
そこに 言葉と心がついてくれば
大きな善い影響を与えることになりまた
自分にとっても善い業をつくり楽を生むことで
いままでの人生の壁になっていた障害やまたは
辿り着きたい目標にまでスムーズに
運ぶようになるのだと思います。
この三業のマジックを知り
自分を振り返ってみると
思い当たる節だらけです。
何故善い事を考えて目標を立てて
頑張っているのに運が悪いのだろうとか、
嫌な事にでくわしてしまったりとか、
そんな時に神さまはなんでこんな意地悪なんだろうと
嘆いてしまうこともありますが、
この様な場合は細かく自分の行動をチェックしてみると、
身口意の矛盾が起きてると思います。
特に大きな事や世の中の為にと考えてる時程、
足元が見え無くなります。
だからすごい単純で馬鹿らしいですが、
脱ぎ捨てたスリッパを揃えているか、
公共のトイレを使った後を綺麗にできるかとか、
ちゃんと損得抜きに誰にでも平等に挨拶できるか、
または接する事が出来るか、
実はここができそうでなかなか難しいです。
自分に利害がある人には媚びをうり必要以上にぺこぺコしてしまうが、
その場限りの人間関係には、かなり無愛想にしてしまったり。
そんな基本的な子供の時に教わった事を
忘れてしまいできなくなってしまいます。
単純ですがこの身口意の三つの団子を
綺麗串刺しに出来るような行為を
一日のうちひとつでも実践していければ、
心と身体を貫きなんとも言えない
安心感を得られるはずです、そして良い結果を招くのです。
善念

