僕の好きな先生

入学した岡山の田舎の中学校は悪い奴ばかり。もうむちゃくちゃ学級崩壊なんて当たり前の時代でした。

そんな中でヤンキーの友達にRCの存在やら、ルーリードやらを教えてもらいました。そのせいで学校でrcがブームになった猫も杓子もそのヤンキーの影響力もありRCを聞いていた田舎の中学にしては不思議な学校でした。

俺はそのころ吉田拓郎さんをテレビで聴いてから「誰だこの人は?」とようやく色んな人に聞いて探し求めCDを手に入れたのですが、ヤンキーの友達に馬鹿にされて恥ずかしい思いをしました。

あいつらから見るとフォークは古臭いと感じたのかな、確かコマーシャルで流れたのは「私は今日まで生きてきました」という曲でした。

また担任の先生も犯罪者顔して切れると何するかわからないような先生だったのですが、その先生がなかなか変わっていて60年代の輸入盤CDを持ってきて教えてくれたり色んなミュージシャンを紹介してくれたり・・。

また毎朝 詩人の岡真史という方の「僕は12歳」という詩集から一遍づつ紹介して解説をしてくれて、今思うとすげえ教育してくれたんだなあと思います。

その詩集のなかで「おっくうな日」という詩があり、その中に風のあたるところでアイスティーなんぞをのんだりしながらという表現があり、その場面がやたら好きで紅茶をやたら飲んでみたりしたなあ、今でも紅茶をのむと岡さんの事を思い出すのです。

その彼は空を飛んでしまいしんでしまったんだ、12歳であれほどの詩が書けるってことは相当感性だったんだろうな・・。12歳という時間は人間の物差しでは短いと判断してしまうかもしれませんが、彼にとっては決して短いわけではなく濃い人生を生き抜いたんだと思います。

その後、私が僧侶になってから 高史明という方の存在を知った作家さんで、色々な人生の遍歴から親鸞聖人へ傾倒されてたくさんの著書を残されているのですがこの方が、私が中学生の時にであった岡さんのお父さんだったのです。

不思議なご縁を感じました。こうして色んな事ってつながるんだなあて感じるあんなヤンキーの学校に入って、あまり好きじゃない日々の中で今の人生の礎となるようなものに出会えたんだなあと思うと感慨深いです。

人生の宝物って、気持ちも重苦しい何もやる気もしないようなそんな人生の泥沼にたくさん落っこちているんですね。

あの先生に会いたいな。今はもう引退しているかなあ・・。まさにRCの曲にある「僕の好きな先生」だなあ。

 善念

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