希望を持つことはいいことなのか

希望という言葉は時に人生を狂わせる
麻薬のようなことばかもしれない
親が子供に先生が生徒に上司が部下に、
絶望的な将来であるということを知らせずに
希望という幻想を見せて、頑張らせる。

きずけば引き返せないほど幸せとは
かけ離れた未来に着地していくのだ。
その時自分を奮い立たせて夢をむせてきたものは
誰もいなくてだれも責任を取ってくれない、
その場限りの優しさや愛情は人の人生を
取り返しのつかないものにさせていく。

本当の愛情は現実を見せていくことの方が
よっぽどその人のためになる
ダメなものはダメ才能のないことにがむしゃらにやるより、
できることに方向転換していった方がいい、
また日常我々が無意識に刷り込まれてきた、

理想的な幸せ理想的な未来はすべて妄想であり幻想であり、
それは手に入れた瞬間に崩れ去るような
砂に書いた城のようなものを植え付けられているのにすぎない、

本当の希望というものはこの人生は
絶望しか見当たらないと心の底からひれ伏して伏して
落ちるとこまで落ちたところに
一条差し込む光を見出すことなのかもしれない

お釈迦様はこの世のあらゆるものは
苦しみでしかない絶望の闇を知り尽くしたがゆえに
悟りという光を見出した
親鸞は自分自身の罪業性の深さに絶望しきったがゆえに
南無阿弥陀仏の御救いを見出したのだ

嘘の希望や光に酔わされることなく
私も生きねばならない

残りひと月で今年が終わる
何もなせずに 何も動けなかった今年だったが
また少しでも生き延びようとするはしたない我が身を引きずり
うぬぼれながらも年を越したいと願うのであります。

合掌

善念 – Zennen

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